



南平台の奥まったところに、アメリカ人貿易商が木造の別荘を建てました。大工もアメリカから呼び寄せ、釘を使わない工法で建てたと伝えられています。万平ホテルと同じ工房によるステンドグラスも三枚取り入れた、こだわりの別荘でした。
35年前、この別荘を気に入った建築家が購入しました。その建築家は京都駅の建築にも関与した経歴を持ちましたが、建物の傷みが予想以上だったため、建物を取り壊して新たに建て替えました。最初に母屋(242.64㎡)を建築し、翌年には洋画家であった夫人のために別棟アトリエ(96.65㎡)を建て、両棟を約10メートルの渡り廊下で結びました。前の別荘のステンドグラスは新しい別荘にも引き継がれ、母屋リビングには緑〜黄〜淡青の山並み構図のステンドグラスが二枚、アトリエ玄関にはコバルトブルーの背景に黄金色の茎、緑葉と白花を描いた連続植物文様のステンドグラスが飾られています。
この建築家はしばらく別荘を利用していましたが、病気がちになり、母屋とアトリエが離れている点が不便となったため、南原で大きな別荘を見つけて移りました。その後、私ども夫婦が譲り受けました。夫は日本画家であり、広さだけでなく、天井の電動ブラインドで採光を調整でき、絵庫まで備えた本格的なアトリエ付きのこの別荘は、私どもにとって大変使い勝手が良く、満足して利用しています。
建て替え当時、この南平台にはまだ四軒ほどしか別荘がなかったそうですが、いまではその十倍ほどに増えています。それでも夜になると谷間からフクロウの声が聞こえたり、イタチの姿を見ることもあり、軽井沢らしい自然が今も残る地域です。
